遠い世界 4
秘密の花園
女子寮の自室の前で、大荷物を抱えたルルーシュは立ち尽くしていた。
ドアの前で盛大な溜息を吐いて、手にしていた荷物を床に置くと、ドアの隙間にみっちりと挟み込まれた大量の紙切れを外しにかかる。
折れ曲がったり千切れたりして、くしゃくしゃになったそれは、ルルーシュに対する嫌がらせの手紙の成れの果てだった。
最初の頃は訳もわからず、その中身を一枚一枚確認していたルルーシュだったが、そのあまりにもくだらない内容に今は封を開けることもせずに、すべてゴミ箱に捨てている。
それは、ルルーシュが放課後に外出するたびに、ほぼ毎回同じことが繰り返されて、日常の一部になっていた。
隙間に挟まれた大量の紙切れを全て外して、ドアの鍵を開けたルルーシュはようやく自分の部屋に入ることができた。
二重の鍵をしっかりと閉めてから、買い漁った戦利品を適当な場所に置いて、椅子に腰掛けたルルーシュは、それでもまだ気が抜けない。
できることなら、今すぐにでも女物のヒラヒラした制服を脱ぎ捨てて、男の恰好に戻りたかったが、ルルーシュが今いるそこは女子寮だ。
どこに誰の目があるか知れたものではない。
現に、ルルーシュが部屋に入るのを、何人かの女子生徒が物陰から窺うように見ていたことに、ルルーシュは気づいていた。
ここに潜り込むまで、男のルルーシュには女子寮での生活の実態など想像もつかなかった。
もっと優雅なものだと、少しは期待していたのだが、現実はそう甘くはなかった。
毎日監視されるような視線を感じて、気の抜けない日々が続いている。
その上、陰湿な嫌がらせの連続だ。
放課後に校外に抜け出したくなるのも当然だった。
部屋の前の廊下に近づいてくる複数の足音に気づき、ルルーシュはゲンナリする。
ここは廊下の突き当たりの一番奥にある部屋なのだから、足音がこの前を通り過ぎることはない。
ひそひそとした話し声に混じって、小さな笑い声がドアの向こうから聞こえて、静かにルルーシュの部屋のドアをノックする音が響いた。
男に戻りかけていたルルーシュは気持ちを切り替えて、椅子から立ち上がりノックされたドアを静かに開く。
部屋の前にいた何人かの女子生徒が群がるように、ルルーシュを取り囲んだ。
「あ・・・あの、何か私にご用でしょうか?」
少し俯き加減に潮らしい態度をつくり、控えめな声で自分を取り囲んでいる女子生徒たちに問いかける。
普段から目立たないように心がけているルルーシュは、学園内ではいつもそうだ。
「帰りが少し遅いようでしたけど?」
「・・・すみません」
「また一般の男子学生の方とお出かけになりましたの?」
「はぁ・・・まぁ、・・・はい」
「まぁ!それはいけませんわ!」
「風紀委員の方に見つかったりしたら叱られますわよ!?」
「ルルーシュさまのお帰りが遅いようでしたから、私達心配してましたのよ?」
「そ、それは、どうもご心配をおかけしまして・・・」
「お部屋にお邪魔してもよろしいかしら?」
「え?・・・そ、それは・・・」
「私、今日の家庭科調理実習の時間にクッキーを作りましたの。よろしければお味見をしていただけませんか?」
「私はルルーシュさまにお似合いになりそうなお洋服をお持ちしましたの。是非ご試着して見せていただきたいのですが?」
「あ・・・え・・・っと・・・」
「私達、ルルーシュさまのお帰りになるのをずっとお待ちしていましたのよ」
「一般学生のルルーシュさまとは、寮でしかお会いできないのが残念ですわ」
取り囲んでキャーキャーと騒ぎながら、ルルーシュの返事も聞かずに、部屋の中に強引に押し入られて、ルルーシュはがっくりと項垂れる。
貴族の令嬢などと言うものは、我侭で自分勝手で人の話をまったく聞かない。
ルルーシュの部屋でそれぞれに持ち寄ったお菓子を広げて、人の迷惑も顧みずに勝手にお茶会を始めてしまう有様だ。
しかも、その最中に、またドアをノックする音が聞こえる。
それに気づいたルルーシュが椅子から立ち上がろうとすると、近くにいた女子生徒がそれを留めた。
「ルルーシュさまはお座りになっていてください」
「代わりに私が出ます」
そう言って、ドアに一番近いところにいた女子生徒が立ち上がった。
ノックされたドアを開けると、数人の女子生徒が立っている。
「あの、ルルーシュさまがお戻りになられたと聞いたのですが?」
「取り込み中です!」
そう言って、ドアをばたんと閉めると、外からはギャーギャーと悲鳴のような声が聞こえる。
「五月蝿いですわよ!」
「せっかくルルーシュさまの帰りをお待ちしていたのに、追い返すなんて失礼ですわ!ここを開けなさい!!」
「私達が先にお誘いしたのですから邪魔者はさっさと退散なさったらいかがですか!」
ドア越しに罵声を含んだ口論を始め、結局は無理矢理ドアを抉じ開けられて中に雪崩れ込まれる。
他の部屋と比べても、それほど狭い感じのする部屋ではないのだが、それでも10人以上が入れば流石に狭い。
そして後から更に別の集団がやってくる始末だ。
お茶会をするなら、他のもっと広いところでやればいいと思うのだが、なぜかルルーシュの部屋に集まってくる。
暇を持て余した令嬢方は、放課後になると毎日これを繰り返すのだ。
男のルルーシュにとっては苦痛でしかない。
「それって、一般人が珍しいだけなんじゃないの?」
翌日の授業の合間に、げっそりとした様子のルルーシュの話を、スザクは能天気な顔で聞いている。
「最初はそう思ったんだが、これが毎日繰り返されると嫌がらせとしか思えなくなってくる・・・」
「別に気にするほどのことじゃないんじゃないの?ドアに差し込まれた手紙だって剃刀が入ってるわけじゃないんだろ?」
「・・・剃刀よりも性質が悪い」
「何が書いてあるんだい?」
「・・・熱烈な愛の告白だ・・・」
「・・・・・・・・・・・・それは・・・」
「しかも、読んでいるこっちが恥ずかしくなるような内容なんだぞ!?」
「・・・い、いいんじゃない?ルルーシュは本当は男なんだから」
「馬鹿を言うな!女装しているのに女にラブレターをもらったら変じゃないか!」
「・・・まぁ、それは・・・そうだけど」
「それでも昨日はまだいい方だ」
「へ、へぇー・・・?」
「奴等の中にはもっと過激な集団がいるんだ。そいつ等ときたら俺を着せ替え人形みたいにして、持って着た服を次から次へと着替えさせるんだぞ」
「・・・ルルーシュってさ、意外と女の子にもてるんだね」
「なんだ、その遠い目は!?」
「いや、別に・・・・・・・」
「・・・女子寮があんなに怖いところだとは思わなかった・・・」